地域を愛でる。INTERVIEW

自伐型林業(サンゴと森の救援隊)

1. ご自身(または団体)の活動について教えてください。

みなさん初めまして。浜口和也と申します。私は土佐清水市生まれ土佐清水育ちの現在45歳です。浄土真宗のお寺に生まれ、所属する宗派運営の大学に通うため、4年間だけ地元を離れ京都に住んでいましたが、それ以外はずっと土佐清水で暮らしています。地元の海は小さい頃からの遊び場で、魚釣りや貝取りなどを先輩たちから教わり、自然と海の幸との暮らしが身に付いてきました。

2015年に住職を継承して、普段はお寺の仕事である儀式執行や布教活動をしていますが、現在副業·地域活動として「自伐型林業」を実践し、普及·啓発活動をしています。また、この取り組みに至るきっかけとして、海域保全活動にも携わってきました。

「海で暮らしていたものが、山の暮らしも始める」に至るまでの話をしていきたいと思います。

2. この活動を始めたきっかけを教えてください。

2003年、京都から帰ってきて、地元・竜串でスキューバダイビングのお店にアルバイトで勤めました。最初は空気タンクの充填や機材を運んだり、先輩の手伝いをしながらスキューバダイビングインストラクターの資格を取得して、2006年からは代表としてお店を運営しました。

ただ、私が海に潜り始めたころは、竜串湾の透明度はとても悪く、ちょっと海が時化るとすぐに濁ってしまい、サンゴや魚の数もとても少ない寂しい海でした。

2001年9月に発生した高知県西南豪雨災害により、大量の土砂や流木が湾内に流れ込み、海中の環境を著しく損ねていたのです。

竜串湾は、1970年に日本で初めて国指定の海中公園に指定され、1972年には足摺宇和海国立公園のサイトとしてその自然景観や豊かな生態系が評価されました。たくさんの観光客がおとずれてお土産物屋や宿泊施設も増え、海中展望塔、水族館、遊覧船など観光施設が出来、また真珠養殖業やイセエビの刺し網漁も盛んで賑やかなところでした。

ところが、1990年代になって、サンゴ群落が衰退していくなど海域の環境が悪化していきました。この原因については、生活排水、農地拡大による泥土流出、漁業網やオニヒトデの大発生など様々あげられましたが、決定的に環境を損ねたのは前述の豪雨災害でした。

失われた海中公園の景観や生態系をなんとか改善しようという声が起こり、2004年ごろから本格的に調査や住民を巻き込んだ学習会も行われました。この頃、オニヒトデの駆除やサンゴの移植、魚網の除去などの海中作業に取り組んできました。

国立公園なので、主な所管は環境省ですが、高知県や土佐清水市が指定する天然記念物、見残しのシコロサンゴ群落をはじめ、関連するエリア内には国·県·市そして民有地もあって、官民一体で取り組む必要があることが提起されました。

これら一連の出来事の少し前、1996年に自然再生推進法という法律が施行され、釧路湿原や阿蘇の草原など日本各地の自然公園で起こっていた環境の悪化に対応する取り組みが行われていました。

これを根拠に私たちも行動を起こせないかという機運が高まり、2006年、「竜串自然再生協議会」が発足し、官民一体となって竜串湾の環境改善に取り組み、「再びサンゴが広がる海へ」をスローガンに活動が始まりました。

その中で、「海をきれいにするには海中の掃除も大事だが、まず元となる山の手入れをする必要がある」ことを学び、関連するエリアの中には偶然にもお寺が所有する山があったのです。当時、父や地元の先輩方にお寺の山の話を聞いてみましたが、もう何十年も放置していて、どんな状況なのか誰も知りませんでした。そういう山が土佐清水市の色々な所にあることも知り、衝撃を受けました。

でもこの頃は、「山の手入れなど素人ができるわけがない」という考えがスタンダードで、プロに任せるしかないという声が圧倒的でした。

そんな中、「自分たちの山は自分たちで手入れし、同時に仕事にもしていこう」と活動している団体「土佐の森·救援隊」から教わったのが高知県の森林保全ボランティア活動支援と自伐型林業でした。

私たちは「サンゴと森の救援隊」というボランティア団体を作り、森林保全の勉強会や森林組合の指導を受けながらチェーンソーの取り扱いや危険なこと、山仕事で注意することなどを学びました。活動していくうちに山仕事の魅力を実感し、木のあるくらしの豊かさや、木がないと成り立たない仕事も知り、一方で「これはなりわいにしなければボランティアでは長続きしない」ことも実感しました。

伐った木をどうやって運び、出荷するか、薪にするのに適した木は何か、自分たちで活用するにはどんな方法があるかなどを考えるだけでもとても面白く、学べば学ぶほど奥が深い仕事だと、確かな手応えを感じました。

はからずも山の保全は地域の課題であり、国土を保全していくにも大事な取り組みであることが言われ、2013年から国の補助金制度を利用して、本格的に自伐型林業を実践し始めました。

自伐型林業の理念として重要なのは「限られた面積で持続的に仕事にしていくにはどうすれば良いか」「山に極力負荷をかけず、決して崩さない道づくりをする」「自然と共生し、樹種や生態系の豊かな山づくり」です。

経済性を重視するあまり、木を伐り過ぎて持続性が損なわれたり、効率化を測るのに大きな機械を入れるための幅員の広い道を作ると山に負荷がかかり、台風や大雨に耐えきれず崩れてしまう方法は避けようとするものです。

まず、山に道が出来ると景色が変わります。山に入りたいという気持ちが高まります。その実感からも、私は道づくりが山仕事の中で一番好きなのですが、一方で生産性の低い作業でもあります。道をつくり、木を伐り、搬出し出荷して収入につながります。どの作業もバランスよくこなしていく必要があります。これまでに伐った木は材木市場へ出荷したり、製材所で板や角材にしてもらって自分たちで使ったり、炭や薪の原木として、炭窯や宗田節の加工場へも出荷しました。最近ではふるさと納税の返礼品や、キャンプで使う薪の生産もしています。

生産性を高め、環境にも配慮して持続的に行え、また地域に資源が循環する方法が自伐型林業だと確信し、これを土佐清水のなりわいとして育てていきたいという思いが強くなりました。行政にも自伐型林業の推進に携わってもらうよう要望し、2018年からは土佐清水市農林水産課の担当でチェーンソー研修や、安全対策に関する助成制度を設けていただき、市内へ木が出回る仕組みづくりに励んでいます。

さらに、山を介してできる仕事は多岐にわたることも、各地で実践する先輩や仲間から教えてもらいました。

自分たちで製材して空き家のリフォームを請け負う人、家具職人とのコラボ、養蜂をする人、シイタケやキクラゲなどを栽培をする人、林内作業道を森林セラピーロードとして活用する人など、他にも色々な業種とのコラボができるのも山の魅力です。

また、近い将来必ず起こるとされている南海トラフ地震·津波への備えとして、高台にあたる山に避難拠点を設けることや、そこへ備蓄品とともに薪をストックしておけば避難時の燃料としても活用できるなど、防災·減災にも一躍を担えます。道づくりに欠かせない小型のバックホーは、がれきの撤去などにもとても役に立ち、身に付けておいて損はしないスキルです。

3. あなたが感じる「土佐清水の魅力」とは何ですか?

海·川·山が揃っていることです。とりわけ海に育てられた私は、山の活動を通して海を守るための思いが一層強くなりました。

土佐清水の海や山から得られる資源は、宗田節を育み、世界に誇るだし文化を支えています。

土佐清水だからこそ生み出せるものを、これからも大事にしていきたいです。

4. 活動の中で印象に残っている出来事はありますか?

山の中で作業していると、石垣の跡や、炭窯の跡など、かつては人の営みがあったのが伺えます。年配の方にたずねると、「昔、小さい時に爺さんに連れられて畑の手伝いをした。もう60年以上前の話や」「朝4時に起きて、おむすびを持ってこの炭窯へきて火の番をさせられた。」と、その当時の話をしてくれました。一度は途切れた山の営みが、再び目の前に現れる感覚がとても印象に残っています。

 

5. 現在、地域で感じている課題や気になっていることはありますか?

自伐型林業をさらに推進·普及していくには、定期的な学習と実習が必要です。加えて、実践者がなりわいとして続けられるよう、作業出来るフィールドの確保と、伐った木の出荷先が広がるしくみづくりも必要です。ここをいかに伸ばしていけるかが、土佐清水の未来を育む一つとなると考えています。

6. その課題に対して、どのような取り組みをされていますか?

自伐型林業の実践者を増やしていくための研修を主催したり、行政との連携を図るための提言を行なっています。また、小さい頃から山に親しみを持ってもらおうと、子どもに参加してもらって木工イベントや植樹イベントを行ってきました。今後も定期的にこれらを進めていきたいと考えています。

 

7. 次の世代へ残したいものは何ですか?

土佐清水の誇る海·山·川の魅力を、次の世代を担う人々にも実感し、守ってもらえるような「土徳」を育み、残していきたいです。私たちが取り組んできたことは、人間一代では成し得ないことで、何代にもわたって受け継がれてきた営みがあってこその魅力ですから、それを途切れさせたり損なわないためにも、思いをしっかり表現していきたいと思います。

 

8. あなたにとって「地域を愛でる」とは何ですか?

私の思う「地域を愛でる」とは、自分だけが愛着を持つものでなく、みんなで守りたいと思い、大事にしていく姿だと思います。土佐清水に住む人だけでなく、観光や仕事で訪れた人も魅力を共有できる、そんな地域が理想だと思います。

9. 読者へのメッセージ

正直、土佐清水の現状は決して順風ではありません。人口はもうすぐ1万人を切ってしまいます。道路などインフラの修繕もなかなか追い付かず、地域の伝統行事も務まらなくなりつつある、典型的な過疎地域です。

それでも、ここでゆたかに住み続けられる姿を、色々な視点で描いていきます。これを読んでいただいた方のアイデアも是非聞いてみたいです。まだ土佐清水に来たことがない方が少しでも興味を持ってもらえたら幸いですし、住んでみたい、移住を考えていると思ってくれた方には、私たちの活動がそのサポートになってもらえたらと思います。